糖尿病発覚14か月、ブログ開始1年、HbA1c9.6から5.7になって思っていること

日本ブログ村がリニューアルしていますが、その結果、このブログはランキングで新着記事が表示されなくなってしましました。

一応問い合わせをしてみましたが何の反応もありません。無料でランキングに参加していますから、文句を言う筋合いではないのですが、残念です。何とかしてくれるとよいのですが。

 

さて、HbA1cがようやく6%をきり(5.7)ちょっとほっとしつつ、この調子でやっていこうとは思っています。

1年経過して、自分の糖尿病関連情報の見方も随分変わってきているような気がします。感じていること、考えていることをあれこれ記事にしようと思っています。

そのまえに、ブログの記事について思うことです。

 

しばらく前にみんぽぽさんからコメントをいただきました。

私は5年間ですが、色々な糖尿病関係の、特に糖質制限をしているという個人ブログを読んできています。
でも、ほとんどの方が同じようなパターンをたどり1年以内にブログを書かなくなってしまいます(多分、当初の意気込みから次第に逸脱していくので)

『みんぽぽ 身近な出来事』で検索すると出てくると思います。
『スイートピー記 血糖値測定の闇 情報発信者の責任』という記事を書きました。

ほかの方がどのような経過をたどったのか、どのようなブログなのか私にはわかりませんが、ブログを続けて1年、自分の糖尿病への付き合い方、糖尿病関連の情報への関心もかなり変化しているような気がしています。
このあたりのことをあれこれ記事にしてみようと思っています。

 

その前に、このブログの方針について改めて書いておきます。(私の方針も変わりつつあるのかもしれませんので)

 

みんぽぽさんに紹介いただいたみんポポさんのブログを読んで、私とは考えが違うと思いました。
(他の方の記事を取り上げ考えの違いを表明するのもどうかと思いましたが、このブログにコメントをいただき、紹介された記事なので記事にしました)

 

初めて測定器を購入してから約5年間に使ったセンサーは全部で200枚程度。
最近では自分の身体の傾向と対策、定期的な病院での血液検査をしているので、ほとんど使っていない。

しかし、色々な糖尿病系のブログを長年見ていて感じたのは・・・・
何か努力の方向性が違うじゃん、ということ。

何の為に測っているのかを明確にしないと、ただ漠然と『頑張って測るだけ』になってしまう。
血糖値測定結果という情報に対し、原因を追究して対策を練ることができなければ、それはただの情報の羅列。
また、食べてから血糖値が高値に上昇したにもかかわらず測っただけで満足してしまうようならば測らない方がいい。
対策をせずに食べたらまた高値になるのは必然で、現実を突きつけられて落ち込んだり自暴自棄になったりする材料になるだけだし、しかも高値に慣れてしまうから。

 

「原因を追究して対策を練ることができなければ、それはただの情報の羅列」
というのは、みんポポさんの考えあって、ほかの人は違う考えをすることもあるんじゃないでしょうか。

私は、原因と対策がわからなくても、体温を測って「平熱だな」とか「ちょっと高いな」とか測ることやその情報も私にとっては価値ある情報と思っています。

運動や食事との関係で血糖値がどうなるのかなあ、と興味本位で測ってそれをブログに掲載していることもあります。自分が興味を持ったからほかの人も興味を持つかもしれないし、興味がない人は㏍時を読まないだけだと思いますから。

私の場合は、現在は血糖コントロール面では「ちょっとした抑止力効果」が大きいですね。
それと、血糖値データを記事にすることで、誰かの役にたつこともあるかも(役に立てるのは読み手であって、私にはそれが役立つかどうかはわかりませんが)

 

また、毎回信じられない数値を叩き出す測定器を疑い買い替えるのは測定の目的を見失い、努力の方向性が間違っている証拠ともいえる。

できるだけ正確な測定ができる測定器が欲しいと買い換えることも、私の糖尿病対処に私には役立っていると感じています。
私は、血糖測定器を何個か買ってみることを、血糖コントロールのための努力とは思っていません。気晴らし、ささやかな楽しみです。
お金の無駄使いだとは自分でも思いましたが、買って試してみたかったのだし、それで満足してるんだからそれでいいと思っています。

また、それを記事にすることで、読んだ人が血糖測定器の購入や買い替えに役だてることができればそれでよいと思いますが。

 

そして、自分で実際に体験、実験をしていないただの情報を羅列したものがとても多い。
『〇〇先生はこう言ってた』
『〇〇先生はこんな研究成果を発表した』
『〇〇先生が書いた論文』
そして糖質制限や脂質(カロリー)制限を厳密に行う実体験をしていないのに批判的な感想文を書く人等々

情報をただ闇雲に沢山食べても、消化不良になるだけなのに。
情報を取捨選択できなければ、自分も、読んでいる誰かも迷うだけの材料になってしまうのに、ただの情報の羅列を努力だと勘違いしている

「〇〇先生はこう言ってた」
という情報に関心をもって良いと思うし、それをきっかけにあれこれ考えたり、それを記事にしていいんじゃないでしょうか。

私は、あれこれ無駄に考えてしまう方だと思います。自分が納得したいと思うと専門外なのにフリーで読める論文は読んでみたりします。それは、私にとっては努力ではなくて、自分が、原因も対策も現在の科学では特定できていない糖尿病と自分が付き合っていく付き合い方です。もし同じような付き合い方をしたい人が時間短縮できるのであれば、ブログの記事が役立っていることになると思っています。

「自分で実際に体験、実験をしていないただの情報を羅列したものがとても多い。」

この文章からは、みんぽぽさんが実際に体験・実験した情報を重要視する考え方なのではないか、と推測します(仮説を持ちます)

私は伝聞情報と自分の体験がこのなる結果と思えるとき、自分の体験を優先させるかもしれませんが、それが絶対に正しいとも思いません。
また、その情報をほかの人に提供したときに、自分の結論と異なることは当然にある、あってよいと思います。
糖尿病という、現在の科学が正解(真理)を一つと定められないのだからなおさらです。

自分のものの見方や思考プロセス、判断を疑うことがとても大切と思っています。
すべてを疑っていると何もできないので、その中の何かを「信じる」ことになります。

みんぽぽさんの記事を引用させてもらって、私の考えの一端を書かせてもらいました。

 

さて、このブログは、2型糖尿病患者である私が行ったこと、考えたことを記事にします。

同じように糖尿病に対処している人に何らか役立つこともあるだろうと思っています。
ただし、あくまで一人の患者それも医療に関連する専門家ではない一人の患者の考えや体験ですから、役立つものであるかは読み手の判断です。

論文や〇〇先生の言ったことも、興味を持てば記事にします。
糖尿病治療と関係するかもしれない私の日常体験も記事にします。
内容についてあまり制約を設けずに書きます。

それが有益かどうかは読み手が判断することだと思っています。
糖尿病に関する様々な情報について、一人の患者が考えたこと、感じたことを知ることは、
「なるほどそうだな」、とか、「そうじゃないだろう」、とか、「こういう観点が抜けているぞ」とか、
自分の考えを整理するのに有効な材料になることがあるのではないか、と思います。

事実でないことを事実と書くこと、他者を人格的に非難することはしません。
おかしいと思う理論や解釈、考えを批判することは今後もしようと思っています。

私が、考えや解釈を批判したつもりでも、人格を非難していると受け取られることがあり得るので、批判も避けたほうが良いのかもしれないですが、そこは迷いがあります。

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